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大阪地方裁判所 昭和23年(行)4号 判決

原告 西岡梅太郎

被告 河内長野市三日市農業委員会・国

主文

一、本訴のうち、被告河内長野市三日市農業委員会に対し、政府の買収の取消をもとめる部分、政府の買収、買収計画、公告、裁決、承認、買収令書の発行がそれぞれ無効であることの確認をもとめる部分、被告国に対し、政府の買収、買収計画、公告、異議却下決定、承認がそれぞれ無効であることの確認をもとめる部分は、いずれも却下する。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「三日市村農地委員会が、昭和二二年五月一日、大阪府南河内郡三日市村大字喜多一〇九番地の二田一段四畝一歩についてなした買収計画および右買収計画にもとずく政府の買収を取消す。各被告は、右買収の無効なること、ならびに右買収計画およびこれに関する公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書発行の無効なることを確認すべし。訴訟費用は各被告の負担とする。」との判決をもとめ、請求原因として、つぎの通り述べた。

「三日市村農地委員会(被告委員会)は、昭和二二年五月一日、原告の所有する請求の趣旨記載の土地(本件土地)について、自作農創設特別措置法(自作法)にもとずき、同法第三条第一項第一号にいわゆる不在地主の所有する小作地として、同年七月二日を買収の時期とする農地買収計画を定め、原告が同年五月七日異議の申立をしたのに対し、同月二〇日その異議を却下する決定をしたので、原告は同年六月九日大阪府農地委員会に訴願をしたが、同委員会は同月二五日その訴願を棄却する旨の裁決、同月三〇日右買収計画を承認する旨の決議をし、大阪府知事は右買収計画にもとずき、昭和二二年七月二日付の買収令書を発行した。そして、原告は、昭和二二年一〇月二三日訴願裁決書謄本の送達を受け、昭和二三年一月七日右買収令書の交付を受けた。

しかし、右の買収計画は、まず、つぎの点で違法である。

一、原告を不在地主とすべきではない。

本件土地は、小作地主たる農地で、その所在地たる三日市村(買収計画当時)は所有者たる原告が住所を有する長野町(当時)の区域外である。しかし、右長野町と三日市村とは隣接し、(現在は合併して河内長野市)本件土地はその境界に近く、原告の自宅からもわずか二町半のところにあり、附近農地の耕作者は大部分長野町民の出作であつて、いわゆる慣行出作地の関係にあり、原告も本件土地の隣接地を自作しているほか、本件土地の東南部に接し、宅地とその地上の納屋とを有し、日々住居に準じて出入している状態にある。

農地制度上不在地主の観念は、一種の社会的雰囲気を中核とし、耕作者と所有者との社会的経済的地位が顕著な対照をこわす場合、すなわち、都市あるいは他村の大地主などに適するものであつて、農村居住の農民が居村と小川一つ隔てたほどの所に土地を有するような場合をも不在地主というべきではない。

上記の状況からいつて、本件土地に対し、原告を自作法第三条第一項第一号の不在地主として扱うのは明らかに不当であつて、その地域は長野町の区域に準ずるものとする指定をすべきであり、その指定をおこたつて原告を不在地主として買収計画を定めたのは違法といわねばならない。

二、自作法第五条第五号の指定を相当とする土地である。

本件土地は南海電鉄高野線の長野駅に近く、東端は幅三米の旧高野街道に接して、その道路面より三尺高く街道沿いの住家にはさまれており、西端は幅六米の府道に接し、周囲の情況からも、近く住宅または工場敷地として使用すべき高燥の土地で農耕地として使用するを許さない情勢にあり、原告は昭和一五年頃から本件地上に製材工場と店舖とを兼ねた建物を築造する予定で、小作人に明渡をもとめたが明渡を得ず、戦時中建物築造の予定も中止のやむなきにいたつていたものであつて、右の情況からいつて、本件土地は自作法第五条第五号により、近く土地使用の目的を変更するを相当とする農地として指定すべきで、同法による買収をすべき農地ではない。

三、対価

本件土地の時価は、買収の時期において坪一〇〇円を称える。しかるに買収計画に定めた買収の対価は、賃貸価格の四〇倍一、四二四円八〇銭にすぎない。不当に低額といわねばならない。本件土地の地理的経済的関係および自作法制定後の農地価格の高騰を考慮し、特別の事情あるものとして知事の認可を受け、相当の額を定むべきにかかわらず、これをおこたり、右のごとき低額にとどめたのは違法といわねばならない。

つぎに、右の買収計画、その公告、これに対する原告の異議を却下した決定、原告の訴願を棄却した裁決、買収計画の承認、政府の買収および買収令書の発行は、さらにつぎの点で違法であり無効といわねばならない。

一、買収計画 (一) 本件買収計画は、被告委員会作成名義の買収計画書なる文書をもつて表示されている。しかし、被告委員会に備え付けてある議事録によれば、右の買収計画書の内容と一致する決議のあつたことが明認し難く、また、右買収計画書には決議した買収計画事項の全部が表明されていない。すなわち、右買収計画書は被告委員会の決議を表明する法定の買収計画書と認めるに足りない。

(二) 買収計画書は、委員会という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、買収計画書自体に、委員会の特定具体的決議に基いた旨の記載と、その決議に関与した各委員の署名あることを、その有効条件とするが、本件買収計画書には右の記載および署名がない。

二、公告 農地委員会はその決議をもつて買収計画の公告という行政処分をしなければならない。その公告は、買収計画という農地委員会の単独行為を相手方に告知する意思伝達の法律行為である。公告によつて買収計画に対外的効力を生じ、適法な公告があつてはじめて政府と買収利害関係人との間に買収手続という公法上の法律関係が成立するものである。

ところで、(一) 本件買収計画の公告は被告委員会の決議に基いていない。

(二) また、被告委員会の公告ではなくて、その会長の単独行為であり、その専断に出たものである。

(三) 公告の内容は、買収計画の告知公表たるを要するにかかわらず、現実になされた公告には、単にその縦覧期間とその場所とを表示するにとどまる。かかる内容の公告は、自作法第六条に定める公告としての要件を欠くものである。

三、買収計画書の縦覧期間 被告委員会は、昭和二二年五月一日買収計画書を公告したが、買収計画書を縦覧に供したのは同日から同月一〇日までである。自作法第六条第五項は、公告の日から一〇日間縦覧に供しなければならないと定めており、

その従覧期間については初日は算入しないのであるから、これでは、縦覧に供した日数が一日足りない。

四、異議却下決定 (一) 原告に送致された異議却下決定は、被告委員会がこれと一致する決議をした証跡がない。また被告委員会の議事録にこれを証明するに足る記載がない。

(二) その決定書は、会長単独の行為または決定の通知とは認められるが、被告委員会の審判書とみとむべき外形を備えていない。

五、裁決 (一) 大阪府農地委員会が原告の訴願について裁決の決議をした事実はみとめるが、その議決は、裁決の主文についてのみ行われ、その主文を維持する理由に関しては審議を欠く。裁決書中理由の部分は会長たる知事の作文であつて、右委員会の意思決定を証明する文書ではない。

(二) 裁決書は会長たる知事の名義で作成されているが、会長が右委員会の訴願の審査および裁決の決議に関与しなかつたことは公知の事実である。故に右の裁決書は、同委員会の裁決に関する意思を表示する文書ではない。

(三) 裁決書を会長名義で作成することは法令上許されない。

(四) 裁決書の日付は昭和二二年六月二五日となつているが、その後に作成されたもので右の日付は虚偽である。

(五) 裁決は、買収計画に定めた買収の時期までに裁決書の謄本を訴願人に送達すべきであるが、原告に送達されたのは買収の時期をすぎた後である。

六、承認 買収計画につき、市町村農地委員会は自作法第八条に従つて、都道府県農地委員会にその承認を申請し、都道府県農地委員会は、その買収計画に関する法律上事実上の事務処理について違法または不当の点がないか厳密に審査し、その承認を行うものである。すなわち買収計画の承認は、承認の申請に基き買収計画に関し検認許容を行う行政上の認許で、明らかに行政上の法律行為的意思表示であり、行政処分たる法律上の性格を有することは疑の余地がない。

買収計画はその公告によつて対外的効力を生じ、その存在を外部に対抗し得るにいたるが、さらにこれに対する適法有効な承認があつてはじめて、その効力が完成し、ここに確定力を生じ、政府の内外に対し執行力が生ずるものである。反言すれば、買収計画という行政処分は、適法な承認のあつた時に法律上の効力の完成をみるもので、このときに買収計画は確定的客観的に存在をみるものである。

ところで(一) 本件買収計画に対しては適法な承認がない。大阪府農地委員会は、今次の農地改革における各買収計画に対し、法定の承認決議をした外形があるが、あるいは市町村農地委員会の適法な申請に基かないものがあり、あるいは承認の決議が訴願に対する裁決の効力発生前になされたものがあつて、概して承認の決議自体無効である。このことは本件買収計画に対する承認についても同様である。

(二) 本件の買収計画に対して承認の決議はあつたが、この決議に一致する大阪府農地委員会の承認書が同委員会によつて作成されていない。また被告委員会に送達告知されていない。すなわち買収計画に対する適法な承認の現出告知を欠く。故に承認なる行政処分は存在しない。かりに右の決議をもつて承認があつたものとするも、かかる決議は法定の承認たる効力がない。

(三) 大阪府農地委員会から被告委員会に承認書なるものが送達されたのは、本件買収計画に定められた買収の時期より後であり、これをもつて承認があつたものとするも、時機におくれた違法な承認といわねばならない。

(四) 大阪府農地委員会は、昭和二二年六月三〇日の委員会で、本件買収計画を承認する決議をしたのであるがその決議は、同委員会の委員のうち、二号委員(地主層の委員)の全員が退場し、その階層の委員がいないままで議決されたものであり、定員を欠く議決であつて無効である。同委員会の議事規則第五条第二号に、会議を開くことのできない場合として「一の階層についての委員がないとき」をあげており、これは議事に際しての法定数を指すもので、委員が選出されていないときのことをいうのではない。最初から一の層の委員がない場合は委員会そのものが構成せられないのである。

七、買収令書の交付 本件買収計画および買収令書に定められた買収の時期は昭和二二年七月二日である。しかるに、原告に買収令書が交付されたのはその買収の時期におくれること六ケ月余昭和二三年一月七日のことである。かくのごとく、買収の時期の後になされた買収令書の交付は無効といわねばならない。

買収の効果、すなわち政府の所有権取得、所有者などの権利の消滅は買収令書に記載された買収の時期に生ずるものであるから、土地収用法において収用の時期までに補償金の払渡を要するのと同じ原則によつて、買収の時期までに買収の対価の提供をさせる趣旨からも、(買収令書の交付は対価の提供とみなされる)所有者その他の利害関係人に右権利変動を予告し、不慮の損失を受けさせないようにするためにも、買収令書は、その買収の時期までに交付すべきものとされていることが明らかであり、この点、買収の時期は買収の効果発生の時期たるとともに、買収令書交付の期間を限るものとして定められているものである。従つて、買収の時期をすぎた後は、もはや買収令書の交付はできないし、それまでに買収令書の交付がないと、買収計画は実施の機会を得ずに終ることになる。買収の時期の後に買収令書が交付され、その効力が遡るというようなことは考えられない。」

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決をもとめ、答弁としてつぎの通り述べた。

「被告委員会が昭和二二年五月一日原告所有の本件土地について、自作法にもとずき同法第三条第一項第一号にいわゆる不在地主の所有する小作地たる農地として同年七月二日を買収の時期とする農地買収計画を定め、原告が同年五月七日異議の申立をしたのに対し、同月二〇日その異議を却下する旨の決定をし、原告が同年六月九日大阪府農地委員会に訴願をし、同委員会が同月二五日その訴願を棄却する旨の裁決、同月三〇日右買収計画を承認する旨の決議をし、大阪府知事が右買収計画にもとずき、昭和二三年一月七日買収令書を原告に交付したこと、右訴願の裁決書謄本が昭和二二年一〇月二三日原告に送達されたこと、また大阪府農地委員会から買収計画の承認書が被告委員会に到達したのは買収の時期の後であることはみとめる。

そして、右買収手続はすべて適法になされ、違法の点はない。

以下に、原告が違法と主張する諸点について、その主張の不当なることを明らかにする。

第一手続関係

一、総説

(1)  およそ、合議機関である行政庁がする行政行為は、機関意思の決定(内部的意思決定)とこれを外部に対して表示する表示行為によつて組成され、この表示行為によつて対外的効力を生ずるものである。しかして、右機関意思の決定は、適法に組織された合議機関の議決によつてなされるが、右議決のあつた以上、それについての表示行為は、合議機関の代表機関によつてなされ、この代表機関のした表示行為は、当然合議機関のした表示行為として効力を生ずるものであり、また、この代表機関が右表示行為をするについては、更に合議機関の議決を要するものではない。この理は、本件で問題になる農地委員会(農業委員会法(昭和二六年法律第八八号)施行後においては、「農業委員会」をいう。以下同じ。)のみならず、法令に特段の定のない限り、内閣、選挙管理委員会、労働委員会等総ての合議機関である行政庁に共通するものである。

これを本件についてみれば、買収計画、異議の申立に対する決定及び訴願の裁決は、農地委員会という合議機関のする行政行為であるから、その機関意思の決定には、農地委員会の議決を要するが、この決定した機関意思の表示行為である買収計画の公告及び書類の縦覧並びに決定書類及び裁決書の送付は、農地委員会の代表機関である会長(昭和二一年勅令第三八号農地調整法施行令第三〇条第一項、第四九条、昭和二一年勅令第五五六号による改正後の同令第三〇条第一項、第四三条、昭和二四年政令第二二四号による改正後の同令第一六条第一項、第三一条、農業委員会法第五条第三項、第二二条第二項)がなすべきものであり、会長が右行為をすれば、それは農地委員会の行為として、効力を生ずるものであり、また、会長が右行為をするについて、更に農地委員会の議決を要するものではない。なお、都道府県農地委員会のする買収計画に対する承認は、後に六の(3)の(ロ)において詳述する通り、行政庁内部における自省作用であつて、対外的行為ではないから、同委員会において議決(機関意思の決定)をすれば、それによつて効力を生じ、これに外部に表示する特段の行為を要するものではない。

しかして、本件にあつては、右議決を要する行為については、後述のように、総て適法な議決があつたのであるから、議決の点については、何等の瑕疵はない。

(2)  合議機関によつてなされる行政行為にあつては、その機関意思の決定(内部的意思決定)は、議決さえあれば、それによつて成立するものであつて、特段の規定のない限り、書面の作成その他の形式を要するものではない。行政行為の表示行為も、原則として不要式行為であり、特に法令がその形式を定めている場合にのみ、その定める形式を具備することを要するに止まる。これを本件についてみれば、農地委員会の機関意思の決定については、法令上その形式を定めた何等の規定がないから、議決さえあれば、これによつて、機関意思が決定されるのであつて、これについては、何等書面の作成その他の形式を要するものではない。しかし、農地委員会の表示行為については、法令上その形式が定められているものがある。即ち、買収計画にあつては、自作法第六条第五項によりその表示行為として公告及び書類の縦覧がなされるが、右公告は、同法施行令第三七条により市町村の事務所の掲示場に掲示して行うものであるから、当然書面によることを要し、右縦覧は、自作法第六条五項の規定により、書面によることを要することは明かである。また、異議申立に対する決定及び訴願の裁決については、同法施行規則第四条の規定によりその表示行為として書面の送付がされるから、右行為も書面によることを要することは明かである。従つて、以上の行為は要式行為であるが、買収計画に対する承認は、(1)において述べたように、議決(機関意思の決定)があれば、それによつて効力を生じ、表示行為を要するものではないから、当然不要式行為であり、書面等によることを要するものではない。

しかして、右本件要式行為にあつては、これに関する自作法等の規定は、単に書面によること及びその書面に記載すべき事項を定めているに止まり、その外に、これに関与した委員の署名押印或は右書面が農地委員会の議決に基いた旨の記載等を要求していないから、右本件要式行為にあつては、右法令の定めた事項を記載した書面という形式を具備しておれば足り、その外に右署名押印等の形式を具備することを要するものではない。

なお、右本件要式行為にあつては、当然法令の定めた事項を記載した書面を作成することを要するが、右書面の作成は、表示行為の一環としてなされるものであり、その作成について自作法等は特別の定をしていないから、(1)に述べた通り、当然会長が農地委員会の代表機関としてなすべきであり、その作成に先立つて、農地委員会にその書面の案を議案として提出し、その書面の案について議決を経ることを要するものではない。ただ、縦覧書類、決定書及び裁決書のように、その書面の記載内容が農地委員会の議決の内容を表示するものである場合には、右書面の記載内容が議決の内容と一致することを要するだけである。また、右書面の作成は、表示行為のためになされるものであるから、法令に特別の定がある場合を除いて、表示行為に直接必要な書面のみを作成すれば足りるものである。これを本件についてみれば、決定及び裁決については、表示行為として決定書及び裁決書の謄本を送付することとしている(自作法施行規則第四条)から、自然表示行為のために直接必要な右謄本の外に、決定書及び裁決書の原本を作成することを要する。しかしながら、右以外の行政行為については、法令上特別の規定はないから、表示行為に直接必要な書面を作成すれば足り、右以外の書面を作成することを要するものではない。従つて、右決定及び裁決以外に表示行為がなされる買収計画にあつては、表示行為に直接必要な公告の書面及び縦覧書類のみを作成すれば足り、これ以外に公告の書面及び縦覧書類の原本を作成して、農地委員会に保管しておくことを要するものではない。このことは、都道府県知事のする買収令書の交付についても同様であつて、都道府県知事は、交付する買収令書のみを作成すれば足り、右以外に買収令書の原本を作成して、保管しておくことを要するものではない。

しかして、本件にあつては、右各要式行為は、後に述べるように、総て法令の定める事項を記載した書面という形式を具備してなされ、また、右書面の記載内容が議決の内容を表示するものであるときは、その議決の内容と一致しており、且つ、原本の作成を要するものにあつては、その原本が作成されているものであるから、右各要式行為には、その形式及び内容において何等の瑕疵はない。

二、買収計画

(1)  買収計画について、市町村農地委員会のする議決の内容は、自作法第六条第二項から明かなように、(a)買収すべき農地、(b)買収の時期及び(c)対価であり、その縦覧書類(通常買収計画書と称する)の記載事項は、同条第五項から明かなように、(A)買収すべき農地の所有者の氏名又は名称及び住所、(B)買収すべき農地の所在、地番、地目及び面積、(C)対価及び(D)買収の時期であり、議決内容の(b)及び(c)は、縦覧書類の記載事項(C)及び(D)と一致するが、一見議決内容(a)と縦覧書類の記載事項(A)及び(B)とは一致せず、議決のない事項が縦覧書類に記載されているように考えられる。しかしながら、市町村農地委員会が右の(a)の買収すべき農地を議決するに当つては、当然当該農地が自作法第三条第一項各号又は同条第五項各号の一に該当することを審議議決するが、そのためには当該農地の所有者を特定することを要するから、右縦覧書類の記載事項(A)は、当然(a)の議決に包含され、また、右(a)の買収すべき農地を議決するに当つては、当該農地を特定することを要するから、右縦覧書類の記載事項(B)も、当然(a)の議決に包含される。従つて、縦覧書類の記載事項は、本来総て市町村農地委員会の議決内容に包含されるものである。

しかして、御庁に提出された証拠によつて明かなように、本件買収計画にあつては、被告委員会は、本件縦覧書類に記載された総ての事項を包含する右(a)乃至(c)の事項について議決したものであるから、本件買収計画の議決の内容には、何等の瑕疵はない。

なお、市町村農地委員会の会議については、会長が議事録を作成し、これを縦覧に供しなければならない(昭和二一年法律第四二号による改正後の農地調整法第一五条ノ一一第四項、昭和二二年法律第二四〇号による改正後の同法第一五条ノ一二第四項、昭和二四年法律第二一五号による改正後の同法第一五条ノ二三第四項、農業委員会法第四二条)が、右議事録は、訴訟上は、委員会の構成、議決の有無及びその内容等に関する一の証拠に過ぎないのであつて、訴訟上議決の有無及びその内容は、議事録のみによつて証明しなければならないものではなく、議事録以外の証拠によつても証明し得るものである。また、議事録の作成及びこれを縦覧に供することを命ずる右規定は、一の訓示規定であつて、議事録を作成せず、又は不完全な議事録を作成したとしても、それによつては、議決の効力、従つて、それに基く買収に関する行政行為の効力に影響を及ぼすものではない。従つて、かりに本件において作成された議事録によつては、右の如き内容の議決があつたことが明かでないとしても、これによつて、直ちにかかる内容の議決がなかつたとすることはできないし、また、本件買収計画に瑕疵があるとすることもできない。

(2)  冒頭において述べたように、買収計画の表示行為の一として書類の縦覧がされるが、この縦覧は、すでに一の(2)において述べたように、一の要式行為であるから、法令の定める形式を具備することを要し、また、この形式を具備すれば足りるものである。しかして、これに関する自作法第六条第五項は、縦覧は、同項各号に掲げる事項を記載した書面によることを要すると規定しているに止まり、右以外の形式を要求していない。従つて、縦覧書類に右以外の事項の記載及び各委員の署名等を要するとする原告の主張は、理由がない。

しかして、御庁に提出された証拠によつて明かなように、本件における縦覧は、右第六条第五項各号に掲げる事項を総て記載した書面によつてなされており、しかも、右書面には、縦覧書類であることを明かにするために、その表紙に被告委員会の名称及びその買収計画書なる旨をも記載されているのであるから、本件縦覧書類の記載事項には、何等の瑕疵はない。

三、公告

(1)  公告は、書類の縦覧と相俟つて買収計画の表示行為をなすものである。従つて、すでに一の(1)において述べたように、右公告は、市町村農地委員会が買収計画を定める議決をした以上、その代表機関である会長がなすべきものであり、この公告をするについて更に議決を要するものではない。このことは、自作法第六条第五項が、買収計画を定める議決をしたときは、必ず公告をすることを命じており、公告をするや否について更に議決をする余地のないことに徴し、明かである。かりに、原告主張のように、公告をするについてもその旨の議決を要するものと解すべきであるとしても、買収計画を定める議決自体が当然に公告の議決を包含するものと解すべきである。本件にあつては、本件公告をするについて特に被告委員会の議決を経ていないが、すでに二の(1)において述べたように、被告委員会は買収計画を定める議決をしたのであるから、本件公告が、被告委員会の特段の議決を経ずしてなされたのは、適法である。

(2)  (1)において述べたように、市町村農地委員会が買収計画を定める議決をした以上、公告は、その代表機関である会長がなすべきものであり、また、一の(1)において述べたように、会長のした公告は、当然市町村農地委員会のした公告としての効力を有するものである。しかして、御庁に提出された証拠によつて明かなように、本件公告は、会長名義をもつてなされているが、(1)において述べたように、被告委員会は買収計画を定める議決をしたのであるから、本件会長名義をもつてなされた公告は、適法であり、原告主張のように会長の専断に出たものではない。また、右公告は、当然被告委員会の公告としての効力を有するものであつて、原告主張のように、単に会長の単独行為としての効力しか有しないものではない。

(3)  自作法第六条第五項の規定から明らかなように、買収計画の表示行為は、買収計画を定めた旨の公告と買収計画の内容を記載した書類の縦覧との両者によつてなされ、農地の所有者その他の関係人に対し、右公告によつて、買収計画が定められた旨を知らしめ、書類の縦覧によつて、買収計画の内容を知らしめることとしている、従つて、公告には、単に買収計画を定めた旨を表示すれば足り、買収計画の内容を表示することを要するものではない。(昭和二六年八月一日最高裁判所大法廷判決判例集五巻九号四八九頁)。しかして、御庁に提出された証拠によつて明かなように、本件公告は、本件買収計画を定めた旨を記載し、併せて、農地の所有者その他の関係人の便宜のために、書類の縦覧の場所及び期間をも記載した書面によつてなされているのであるから、本件公告の記載事項には、何等の瑕疵はない。

四、異議却下決定

(1)  御庁に提出された証拠によつて明かなように、由来被告委員会においては、異議の申立に対し、その理由ありや否及びこれを認容すべきや否につき審議議決し、この議決に基いて決定書の原本及び謄本を作成し、右謄本を申立人に送付しており、本件異議申立に対しても、右と同様な手続を経て処理したものであるから、被告委員会においては、原告に送付した決定書の謄本と同一内容の議決をしたものである。なお、右議決の有無及びその内容は、議事録のみによつて証明しなければならないものでないことは、すでに二の(1)において述べた通りである。

(2)  すでに一の(2)において述べたように、異議の申立に対する決定は、要式行為であるから、法令の定める形式を具備することを要し、また、この形式を具備すれば足りるものである。しかして右決定の形式については、法令(訴願法第一四条参照)は、理由を付した文書によることを要するとしているに止まり、判決(民事訴訟法第一九一条)のように、これに関与した者の署名押印を要求していないから、右決定は、議決に関与した委員の署名押印等のある書面によることを要するものではない。しかして、一の(2)において述べたように、右決定書の原本及び謄本の作成並びに送付は、右決定の表示行為であるから、市町村農地委員会の代表機関である会長が自己名義でなすべきであり、会長名義でなされた右行為は、当然市町村農地委員会の行為として効力を有するものである。しかして、御庁に提出された証拠によつて明かなように、本件決定書の原本及び謄本は、会長名義をもつて作成され、会長名義をもつて原告に送付されたが、すでに述べたところから明かなように、右は、もとより適法であり、被告委員会の決定書の原本及び謄本としての効力を有し、また、被告委員会のした謄本の送付としての効力を有するものであつて、原告主張のように、会長単独の行為又は決定の通知としての効力しか有しないものではない。

(3)  御庁に提出された証拠によつて明かなように、由来被告委員会においては、決定の議決があつた後、会長が自ら又は書記等を使用して、議決の内容と一致した会長名義の書面を作成し、その一を原本として被告委員会に保管し、その一を決定書謄本として申立人に送付することとしており、本件決定にあつても、右と同様に処理したものであるから、これによつて、本件決定書の原本は作成されたものである。

五、裁決

(1)  御庁に提出された証拠によつて明かなように、由来大阪府農地委員会においては、訴願を受理したときは、事案によつては、直ちに委員会において審議し、事案によつては、委員会において先づ数名の農地委員をもつて組織された小委員会に付託して調査させた上、更に委員会においてその報告を聞いて審議し、右審議によつて、訴願書に記載された訴願人の主張その他に対する判断及びこの判断によつて帰結される訴願に対する結論につき議決し、右議決に基いて、結論を「主文」とし、右結論の由来した訴願人の主張その他に対する判断を「理由」として掲げた裁決書の原本及び謄本を作成し、右謄本を訴願人に送付しており、本件訴願に対しても、右と同様な手続を経て処理したものであるから、原告に送付された裁決書謄本中の理由の部分についても、大阪府農地委員会は、審議議決したものである。

(2)  すでに四の(2)において詳述したところと同一理由により、裁決書の原本及び謄本は、都道府県農地委員会の代表機関である会長名義をもつて作成すべきものであるから、本件裁決書の原本及び謄本が大阪府農地委員会の会長(大阪府知事)名義をもつて作成されたのは、適法であつて、これを違法であるとする原告の主張は理由がない。

会長は、都道府県農地委員会の代表機関であるとともに、都道府県農地委員会の会議において議長ともなるが、右の如く会長が裁決書を作成するのは、すでに一の(2)において述べたように、代表機関としての資格に基くものであつて、会議の議長としての資格に基くものではない。従つて会長が事故のため会議に出席せず、又は中途で退席したため、裁決をした際は、会長代理が議長の職務を執つていた(昭和二一年勅令第三八号農地調整法施行令第四九条、第三〇条第二項、昭和二一年勅令第五五六号による改正後の同令第四三条、第三〇条第二項、昭和二四年政令第二二四号による改正後の同令第三一条、第一六条第二項、農業委員会法第二二条第二項、地方自治法第一五二条第一項)としても、会長が事故のため裁決書を作成できない場合の外は、裁決書は会長名義をもつて作成すべきものである。しかして、裁決書は、必ずしも会長自ら作成することを要せず、自己の指揮監督の下に、書記又は委員を使用して作成することを妨げるものでないから、会長が在任している以上、事故のため裁決書を作成できない場合は考えられない。しかして、御庁に提出された証拠によつて明かなように、由来大阪府農地委員会においては、会長の指揮監督の下に会議に列席した書記又は委員が議決の内容に一致する会長名義の裁決書を起案し、さらに右裁決の議決の際議長であつた会長代理が右起案を審査し、議決の内容と一致することを確認し、この確認を得たものについて、その名下に会長の印を押し、これによつて裁決書を作成しており、本件裁決書も右と同一の手続によつて作成されたものである。従つて、会長名義をもつて作成された本件裁決書は、その形式内容ともに適法であつて、何等の瑕疵はない。

六、承認

本来承認は、都道府県農地委員会が市町村農地委員会の定めた買収計画につき瑕疵ありや否を審査する行政庁内部における自省作用であつて、承認があることによつては、ただ買収令書交付の要件が具備される(自作法第九条第一項)に止まり、この承認があることによつて、買収計画の効力に消長を来したり、直接国民の権利義務に法律上の効果を及ぼすものではない。この点、承認は、買収計画、異議の申立に対する決定、訴願の裁決又は買収令書の交付のような、行政庁が国民に対してする対外的行為であつて、それによつて国民の権利義務に法律上の効果を及ぼす行政行為とは、本質的に異なる作用である。従つて、承認は、行政訴訟の対象となる行政処分ではない。(昭和二七年一月二五日最高裁判所第二小法廷判決判例集六巻一号三三頁昭和二七年三月六日最高裁判所第一小法廷判決判例集六巻三号三一三頁)

(1)(イ)  承認には、申請を要しない。元来行政庁の行う行為は、原則としてその行政庁が職権をもつてなし得るのであつて、法令が特に申請をその行為の前提要件としている場合に限り、申請に基いて行われることを要するのである。これを本件承認についてみれば、冒頭において述べたように、承認は、行政庁内部における自省作用であつて、本来当該行政庁が、何人の意思にも拘束されず、自発的になし得るものであるから、承認は、その性質上、申請の有無にかかわらずなし得るものである。のみならず、承認に関する規定である自作法第八条は、「……市町村農地委員会は、遅滞なく当該買収計画について都道府県農地委員会の承認を受けなければならない。」と規定しているに止まり、承認を受ける手続について何等の規定を設けず、従つて、その手続として市町村農地委員会が承認の申請をすることを要することは、何等法令の規定していないところであるから、法令の規定上も、承認は、申請の有無にかかわらず、なし得るものである。この点、承認は、自作法第三条第五項第六号(昭和二四年法律第二一五号による改正後の同項第七号)に規定する申出買収、同法第六条の二に規定する小作農等の請求による遡及買収、同法第七条に規定する異議の申立に対する決定、訴願の裁決及び同法第一八条に規定する売渡計画等のように、法令上買収の申出、遡及買収の請求、異議の申立、訴願の提起及び買受の申込等の申請を要することとしているものとは、異なるのであつて、買収計画(申出買収及び請求による遡及買収に関する買収計画を除く。)の樹立、買収令書の交付と同様、申請を要しないものである。従つて、市町村農地委員会の申請が承認の有効要件であることを前提とする原告の主張は、その理由がない。もつとも、御庁に提出された証拠によつて明かなように行政実例においては、承認を受けるために、市町村農地委員会から会長名義で縦覧書類と同一内容の書類を添付した承認申請書を都道府県農地委員会に提出しており、本件にあつても、本件承認を受けるために、被告委員会から会長名義をもつて、右と同様な承認申請書が大阪府農地委員会に提出されたが、これは、単に承認という自省作用が迅速且つ正確に行われることを確保するために、行政庁内部において採られた事務連絡のための措置に過ぎないのであつて、法令の要求する手続ではない。従つて、都道府県農地委員会が、訴願の裁決その他の機会に買収計画が定められたことを知つた場合において、市町村農地委員会の申請を俟たずに、承認をしたとしても、その承認には何等の瑕疵はないのである。

かりに百歩譲つて、原告主張のように、承認には、市町村農地委員会の承認申請を要するという見解に立つとしても、右本件承認申請には、次に述べるように、何等の瑕疵はない。

(ロ)  承認申請には、市町村農地委員会の議決を要しない。自作法第八条の規定から明かなように、同条所定の承認を受けるべき要件を充したときは、市町村農地委員会は、必ず承認を受けなければならないのであつて、承認を受けるべきや否やにつき議決をする余地はないのであるから、右承認申請をするについて特に市町村農地委員会の議決を要するものではない。従つて、右承認申請は、市町村農地委員会の代表機関である会長が、議決を経ずしてなし得るものである。

(ハ)  承認申請は、訴願の裁決前にされても、適法である。承認申請が裁決前にされることによつて、農地の所有者その他の利害関係人に対し不利益を生じしめない限り、本来承認申請は、承認前になされれば足り、その外に申請の時期について制限はないはずである。しかして、右申請が裁決前にされることによつて、裁決庁である都道府県農地委員会が、右申請に拘束されて利害関係人に不利益な裁決をすることは到底あり得ないことであり、その他申請が裁決前にされることによつて、利害関係人に不利益を生じしめることはない。従つて、本来承認申請は、承認前にされれば足りるものであつて、裁決前にされると裁決後にされるとを問わず、有効である。これを自作法の明文に徴してみても、同法第八条は、「裁決があつたときは、市町村農地委員会は、遅滞なく当該農地買収計画について都道府県農地委員会の承認を受けなければならない。」と規定し、市町村農地委員会が承認を受ける時期、いいかえれば、都道府県農地委員会が承認をする時期が裁決後であることを定めているに止まり、市町村農地委員会が承認申請をすべき時期については何等規定していないから、法令上も、承認申請は、都道府県農地委員会が承認する前にされれば足りるものである。従つて、承認申請は、承認前になされる限り、裁決前になされると裁決後になされるとを問わず、有効であると解すべきである。

(ニ)  本件承認申請には瑕疵はない。御庁に提出された証拠によつて明かなように、本件承認申請は、被告委員会の議決を経ずに、会長名義の書面をもつて、裁決前になされ、その後裁決(「裁決の議決」を意味することについては、(2)において後述する。)があり、更にその後右申請に基いて承認があつたのであるから、右に述べたところから明かなように、右本件承認申請には、何等の瑕疵はない。

(2)  訴願の提起があつた場合において、都道府県農地委員会が買収計画を承認する時期に関し、自作法第八条は、「裁決があつたときは当該農地買収計画について都道府県農地委員会の承認を受けなければならない。」と規定し、承認は訴願の裁決のあつた後になさるべきことを明かにしている。しかして、右「裁決があつたとき」とは、原告主張のように、「裁決が効力を発生したとき」即ち「裁決書の謄本が訴願人に送付されたとき」を意味するか、又は「裁決の議決があつたとき」を意味するかは、右規定の趣旨及び承認の性質に鑑み、且つ、自作法中の他の類似規定の用語例に照して解釈しなければならない。右自作法第八条の趣旨とするところは、買収計画が行政上の不服申立によつては争い得なくなつた後、いいかえれば、買収計画が行政法上の形式的確定力を生じ、行政上の不服申立によつては、将来取り消される恐がないことに確定した後に、更に行政庁内部において買収計画に瑕疵ありや否を審査し、承認するや否を定めることにある。しかして、承認は、冒頭において述べたように、行政庁内部における自省作用であつて、対外的行為ではないから、その前提要件である買収計画の形式的確定力も、対外的に生ずることを要せず、行政庁内部において生ずれば足りることは、自明の理であり、買収計画が行政庁内部において形式的確定力が生じた後に、承認をすれば、これによつて、自作法第八条の趣旨は達成されるのである。しかして、都道府県農地委員会が訴願に対し却下又は棄却の「裁決の議決」をすれば、その裁決書謄本の送付前であつても、買収計画は、行政庁内部において形式的確定力を生じ、将来取り消される恐がないことに確定する。従つて、右自作法第八条の趣旨及び承認の性質に鑑みれば、都道府県農地委員会は、訴願に対し却下又は棄却の「裁決の議決」をした後であれば、その裁決書の謄本の送付前であつても、承認をなし得るものであるから、右自作法第八条の「裁決があつたとき」とは、却下又は棄却の「裁決の議決があつたとき」の意味である。また、これを自作法中の他の規定の用語例に徴してみると、例えば、自作法第五条第五項に「農地買収計画を定めたとき」とあるが、同項によれば、その後に買収計画の効力発生要件である公告及び書類の縦覧がされるのであるから、右は、「農地買収計画が効力を発生したとき」の意味ではなく、「農地買収計画を定める議決があつたとき」の意味であることは明かであり、自作法は、特に「農地買収計画が効力を発生したとき」を捕えるためには、同法第四二条のように「第六条第五項の規定による公告のあつた後」という表現を用いているのである。また同法第一八条第四項、第三一条第四項及び第四〇条の四第四項に、「計画を定めたとき」とあるのも、右と同様に、いずれも「計画を定める議決のあつたとき」の意味であることは明かであり、また、自作法施行規則第四条第一項に「異議の申立に対する決定をしたとき」とあり、同条第二項に「訴願の裁決をしたとき」とあるが、右各項によれば、その後に決定又は裁決の効力発生要件である決定書又は裁決書の謄本を送付するのであるから、右は、「決定が効力を発生したとき」又は「裁決が効力を発生したとき」の意味ではなく、「決定の議決があつたとき」又は「裁決の議決があつたとき」の意味であることは明かである。従つて、これ等と同一用語例を用いている自作法第八条の「裁決があつたとき」とは、「裁決が効力を発生したとき」の意味ではなく、「裁決の議決があつたとき」の意味であることは、自ら明かである。以上説示のように、自作法第八条の趣旨及び承認の性質から判断しても、また、自作法の他の規定の用語例に照してみても、同条の「裁決のあつたとき」というのは、「裁決の議決のあつたとき」の意味であるから、承認は、裁決の議決のあつた後である以上、裁決書の謄本が送付される前においても、なし得るものである。従つて承認は、裁決書謄本の送付後にしなければならないことを前提とする原告の主張は、理由がない。

しかして、御庁に提出された証拠によつて明かなように、由来大阪府農地委員会においては、買収計画に対する訴願について裁決の議決をした後、同日又は翌日その買収計画について承認の議決をし、その後裁決書の謄本を訴願人に送付しており、本件にあつても、右と同様の順序によつて右各行為がなされたものであるから、右に述べたところから明かなように、本件承認は、承認をした時期の瑕疵によつて、違法となるものではない。

(3)(イ)  承認には、承認書を作成することは必要でない。

後に(ロ)及び(ハ)において述べるように、承認は、議決のみによつて効力を生ずるものであつて、その表示行為を要しないし、かりに表示行為を要するとしても、それは書面によつてされることを必要としないから、表示行為として承認書を作成することは必要でない。また、その外に承認について、その議決の内容を表示する書面の作成を命ずる規定がないから、承認にあつては、原告主張のような承認書を作成することを必要とするものではない。従つて、承認には承認書の作成を必要とすることを前提とする原告の主張は、理由がない。

(ロ)  承認は、議決のみによつて効力を生じ、これを市町村農地委員会に対し通知することを必要としない。冒頭において述べたように、承認は、行政庁内部における自省作用であつて、買収計画、異議の申立に対する決定、訴願の裁決又は買収処分のような対外的行為ではないから、対外的効力の発生要件である表示行為をすることを必要とするものではない。即ち、承認は、都道府県農地委員会において承認の議決(機関意思の決定)をすれば、それによつて完全に効力を発生し、承認の唯一の効力である買収令書交付の要件が具備されるのである。この点、買収に関する一連の行為である買収計画、異議の申立に対する決定、訴願の裁決及び買収処分については、自作法がそれぞれ公告及び書類の縦覧(同法第六条第五項)、決定書又は裁決書の謄本の送付(同法施行規則第四条)及び買収令書の交付(同法第九条)という表示行為を規定しているにもかかわらず、承認にあつては、その表示行為について何等の規定を設けていないことからも窺えるところである。従つて、市町村農地委員会に対する告知が承認の法律上の存在要件であることを前提とする原告の主張は、理由がない。もつとも、御庁に提出された証拠によつて明かなように、行政実例においては、大阪府農地委員会は、承認の議決をした後、会長名義の承認書を作成して、これを市町村農地委員会に送付する等の方法によつて、市町村農地委員会に対し承認のあつた旨を通知しており、本件承認についても大阪府農地委員会は、承認の議決をした後、右と同様な方法によつて被告農地委員会に対し承認のあつた旨を通知しているが、これは、単に被告農地委員会に対し、その定めた買収計画に基いて買収令書が発行されるか否を知らしめるために、行政庁内部において採られた事務連絡のための措置に過ぎないのであつて、法令の要求する手続ではない。

(ハ)  市町村農地委員会に対する承認の通知は、書面によつてされることを必要としない。かりに百歩譲つて、原告主張のように、承認は、市町村農地委員会に対し告知されて、始めて法律上存在するという見解に立つとしても、すでに一の(2)において述べたように、行政庁のする行為の表示行為は、原則として不要式行為であり、特に法令がその形式を定めている場合にのみ、その形式を具備することを要するところ、承認の表示行為については、法令は何等の規定を設けていない。従つて、承認の表示行為は不要式行為である。しかして、(ロ)において述べたように、本件承認にあつては、大阪府農地委員会は、承認の議決をした後、承認書を送付する等の方法によつて、被告農地委員会に対し承認のあつた旨を通知しているのであるから、右に述べたところから明かなように、本件承認は、有効に存在するものである。

七、買収令書の交付

買収計画において定めた買収の時期は、その買収計画に基いて買収令書が交付された場合に、政府が当該農地の所有権を取得する時期に過ぎないのであつて、買収令書交付の終期でも、政府の有する買収権の消滅の時期でもない。なるほど、土地収用法による収用又は農地法による買収にあつては、収用裁決書又は買収令書は、収用の時期又は買収の時期までに交付されることを要し、右時期の後に交付されても、それによつては、収用又は買収の効果を発生するに由ない。しかしながら、これは、土地収用法による収用にあつては、収用の時期までに補償金の払渡等をすることを要し、これをしなければ、収用の裁決は効力を失う旨の明文(同法九五条、一〇〇条)があり、また、農地法による買収にあつても、買収の時期までに対価の支払をすることを要し、これをしなければ、買収令書は効力を失う旨の明文(同法第一三条第一項、第三項)があるので、収用の時期又は買収の時期の後に収用裁決書又は買収令書が交付されたのでは、右時期までに補償金の払渡又は対価の支払等をすることが不可能であるからである。即ち、右収用裁決書又は買収令書が収用の時期又は買収の時期までに交付されることを要するのは、右時期までに補償金の払渡又は対価の支払等のあることを収用又は買収の効力発生要件としている右の如き明文がある結果に外ならないのであつて、その外に、収用裁決書又は買収令書の交付前に遡つて収用又は買収することが、法律上不可能である等の理由に基くものではない。

しかるに、自作法による買収にあつては、買収の時期までに対価を支払うこと又は買収令書を交付することをもつて、買収の効力発生要件とする何等の規定がなく、反つて、対価の支払の有無にかかわらず、買収令書の交付によつて、買収令書に記載した買収の時期、却ち、買収計画において定めた買収の時期に、買収の効果が発生することとしている(同法第一二条第一項)。従つて、自作法による買収にあつては、買収の時期までに買収令書が交付されることは、買収の効力発生の要件ではない。しかも、自作法による買収は買収計画から始まり買収令書の交付に終る一連の行為によつて行われ、土地収用法による収用又は農地法による買収とは異なり、買収の時期は、買収計画において定められ、公告及び書類の縦覧によつて、買収手続の頭初から公表されているのであつて、これによつて当該農地の所有者その他の利害関係人は、買収の時期を知り得る状態に置かれているのである。従つて、買収の時期が右公告及び書類の縦覧の日の後に定められている限り、たとえ買収令書が買収の時期以後に交付されたとしても、これによつて、当該農地の所有者その他の利害関係人に対し不測の不利益を蒙らしめるものではない。従つて、買収の時期が右公告及び書類の縦覧の日の後に定められている限り、買収令書は、買収の時期までに交付されることを要するものではなく、買収の時期以後に交付されても、それがため買収の効力に消長を来たすものではない。(昭和二八年二月二〇日最高裁判所第二小法廷判決例集七巻二号一八〇頁参照)

しかして、御庁に提出された証拠によつて明かなように、本件にあつては、買収の時期は、公告及び書類の縦覧の日の後に定められているから、本件買収令書が買収の時期以後に交付されたからといつて、本件買収令書の交付には、何等の瑕疵はない。

第二実体関係

一、不在地主 原告の住所が長野町(買収計画当時)にあり、本件土地が、長野町の区域外たる三日市村(当時)にある原告所有の小作地たる農地であることは、原告もみとめる通りである。そして本件土地について、これを右長野町の区域に準ずるものとする自作法第三条第一項第一号かつこ内の指定もない。右の指定をするには、自作法施行令第二条により、大阪府知事の指定した昭和二二年三月五日までに大阪府農地委員会にその承認を申請し、その承認を得なければならなかつたが、その承認の申請もされていない。その指定をするのは、字程度の単位の地域について、社会的経済的沿革から特に必要ある場合にかぎるのであつて、所有者個人につき、また一筆ごとの土地について、指定すべきものではない本件土地については、指定すべき理由がなかつたので、指定についての承認の申請もしなかつたし、指定もしていないわけである。

原告を不在地主として、本件土地の買収をしたのは当然であつてその点に違法はない。

二、自作法第五条第五号の適用 本件土地については、自作法第五条第五号の指定をすべき事情はなかつたので、その指定をしていない。従つて、右第五条第五号の適用はなく、本件土地の買収にその点の違法はない。

三、対価 (一)自作法は、同法による行政処分の取消または変更をもとめる訴(同法第四七条の二)のほかに、対価増額の訴(同法第一四条)をみとめている。その趣旨とするところは、対価の違法は、右対価増額の訴のみによつて救済し、対価の点を除くその他の違法は、行政処分の取消または変更をもとめる訴によつて救済することにあることは、明らかである。従つて、たとえ、原告主張のように、本件土地について自作法第六条第三項但書に規定する特別の事情があり、対価が違法であるとしても、これを理由に本件買収に関する行政処分の取消または無効確認をもとめることはできない。

(二) 本件買収計画ないし買収令書において、買収の対価の額は、本件土地の賃貸価格の四〇倍に定めたものであり、原告はその賃貸価格を基準にして納税してきたのであるから、いまさら賃貸価格の不当を主張できないし、また、本件土地は、東西に長く南北に狭く、道路に接する部分は八、九間にすぎず、道路から約三尺高くなつた普通の農地で、隣地に比して特別の事情もなく、右買収の対価の額に不当なところはない」。

(証拠省略)

理由

一、自作法による農地の買収は、市町村農地委員会、都道府県農地委員会、都道府県知事の三つの行政庁によつてなされる一連の行為すなわち手続によつて行われるもので、まず市町村農地委員会が買収計画を定め、その旨を公告するとともに買収計画書を作成して縦覧に供し、所有者から異議の申立があるとこれに対する決定をし、その決定に対し訴願があると都道府県農地委員会はこれに対する裁決をし、その後市町村農地委員会からの申出によつて買収計画の承認をし、承認のあつた買収計画にもとずいて都道府県知事は買収令書を所有者に交付し、場合によつてはこれにかえてその内容を公告する。その買収令書の交付またはそれにかわる公告(以下単に買収令書の交付という)があると、その農地について国が所有権を取得し従来の所有者の所有権が消滅する等買収の法律効果が発生することになるわけである。買収令書の交付があると右の法律効果が発生し、その交付のないうちはその法律効果は発生しない。そこで右の法律効果は買収令書の交付によつて発生するといつてもよい。(それで、以下買収令書の交付を適当に買収処分という。)ところで右の法律効果が発生するためには、右の一連の行為がすべて法律のこれについての規定に適合して、すなわち適法になされていなければならない。いずれかの行為が違法であれば買収処分があつても右の法律効果が発生しない。法律効果が発生しないという意味で買収処分の違法ということをいうならば、それまでの各行為の違法はすべて買収処分を違法にする。すなわち、前の行為の違法をすべて買収処分が承継するということができるが買収令書の交付だけで独立して法律効果を発生させるものでないことの表現である。

さて、通常の民事訴訟において訴訟の目的が直接に現在の権利または法律関係の存否でなければならないのに対して、行政処分の取消をもとめまたはその無効の確定をもとめる訴訟においては行政処分の効力の存否が訴訟の目的となつているのであるが、しかし、実質的には結局その行政処分によつて発生消滅または変動する一定の権利または法律関係の確定がもとめられているものと考えてよい。この点からいつて、訴訟の目的たりうる行政処分はその効力の確定が、一定の権利または法律関係を直接確定するに適したものでなければならない。

そこで、これを自作法による農地買収の手続についてみるとその手続は農地の所有権の得喪とこれに附随した一連の権利の得喪という一定の法律効果に向けられた手続であつて、その手続の効力を争うことは結局実質的には右の一定の法律効果を争うことにほかならない。これを訴をもつて争う場合右の手続のうちのどの行為を行政処分としてとらえて、その効力について争うのが適当したがつて適法かといえば、買収令書の交付がこれに当ることは前にのべたところによつて明らかである。その効力が否定されることは、すなわち全手続による法律効果が否定されることであるし、そのためには手続上の各行為の適否はすべて判断を受けることになること前にのべた通りである。

買収処分のある前に、その前段階の各行為をいちいち訴訟の目的とすることは、その手続による法律効果がまだ発生する段階にいたつていないのに先走つて小きざみに、法律効果としてこれから発生すると考えられる権利の変動を争うことになり、訴訟の実質的な目的である権利ないし法律関係がまだ可能の状態にあつて現実化していないことからいつても、また、それらの各行為の効力が(たとえば有効と)確定されても、直ちに買収の法律効果が(たとえば有効と)確定されるものでもないことから考えても、前に民事訴訟の原則と対比して述べたところからいつて、一般に適当でなく、いまだ訴の目的とするに熟していないものといわねばならない。また、買収処分のあつた後は、買収処分の効力を争えば足り、各行為の効力を独立して確定する必要がないし、確定したところで、直ちに買収の効果を確定するに足りないこと右にのべた通りである。

ただ、買収計画は右の点で例外的な地位をもつ。上記の民事訴訟の原則は、裁判制度が社会の法律生活の必要に対し一定の限度で利用に応ずるその対応の仕方を形式化したもので、裁判制度を利用するに足る必要の程度を限定した形式である。その形式からもれても、必要としてはその形式に適合した場合と異らない場合もでてくるわけであつて、法律は各個にそれらをひろいあげて訴の目的とすることができる規定をおいてこれに対処しているが(たとえば文書真否確認の訴訟)法律の特別の規定のない場合にも理論的に測定して訴の目的とする必要のある場合にこれをみとめることが、制度の趣旨に合うものといわねばならない。これを買収計画についていうと、農地買収手続においては、買収計画がその中核をなし、その後の行為はその実現の過程である点から、自作法はとくにこれに対してその段階で異議の申立および訴願をすることをみとめており(かえつて買収処分に対しては異議の申立および訴願をみとめていない)、買収計画はその公告によつて、農地の権利者に現状維持の義務を生じさせるという附随的ではあるが独立した法律効果をもつている点は別にしても、買収手続の基本をなすところから考えて独立して訴の目的とすることをゆるすのが法の趣旨に合致するものということができる。そして、買収計画に対する異議の申立に対する決定および訴願に対する裁決は、買収手続におけるいわば副次的な過程で、買収計画そのものに附随した行政的救済の手続である。したがつて買収計画が訴の目的とすることができる以上、いわばその延長として、これらの処分も訴の目的とすることができるといわねばならない。

二、原告が本訴で請求の趣旨として、取消なり無効の確認なりをもとめているものを数えると、本件土地についての「政府の買収」と、「買収計画」とその「公告」と、買収計画に対する「異議の申立を却下した決定」と「訴願を棄却した裁決」と「承認」と、「買収令書の発行」とである。

そのうち、訴の目的として、「買収計画」と「異議の申立を却下した決定」と「訴願を棄却した裁決」とが一応適法なこと「公告」と「承認」とが不適法なことは上に述べたところから明らかである。「買収令書の発行」について、原告はこれを買収令書の交付とは別に考えているようでもあり、買収処分は買収令書を作成しそしてこれを交付するわけであるが、意思表示たる行政処分として買収処分(買収令書の交付)は、買収令書の作成とその交付を含む一の行政処分で、作成の部分だけきりはなして別個の行政処分と考えるべきではない。原告は買収処分のうち買収令書の作成の点に重きをおいたため、これを切りはなして「買収令書の発行」としたものであるが、その趣旨は結局買収処分の効力を訴の目的としたものと考えられる。そして、買収処分の効力が訴の目的として適法なことは上に述べた通りである。

「政府の買収」については、原告が、これをもつて何を指称するか、まつたく解釈に苦しむ。最初に述べた農地買収手続のうち、右にあげた各行政行為のほかに、「政府の買収」というような行政行為があるようには考えられない。自作法第三条が「左に掲げる農地は、政府がこれを買収する。」といつているのに由来するらしいが、同条は、国が行政機関の処分行為によつて「左に掲げる農地」の所有権を取得すべきことを規定しただけであり、そこに政府とは国のことであり、買収するとは、所有権を取得すること、そして、その所有権取得は、(法律上当然にではなく)それに向けられた行政機関の処分行為によつて行われることをいう。いかなる行政機関の、いかなる行為によつて行うかは、同法第六条以下に明らかにされており、第九条は、「第三条の規定による買収は」「知事が」「所有者に対し買収令書を交付して、これをしなければならない」と規定している。だから右第九条の買収処分(前述)を「政府の買収」とよぶというのならば、それはそれでよい。しかし、原告がそういうのではないことは、「買収令書の発行」と別個にならべているところからも明らかである。第六条以下に定められた買収手続を組成する各行政機関の行為のほかには、第三条に定める「買収」に当る「行為」はない。原告は、なにか、誤解しているのだと思われる。とにかく、原告のいうような「政府の買収」という行政行為はない。少くとも、いかなる行政行為を指称するか、わからないというほかはなく、その効力の有無を判断するよしがない。従つて、「政府の買収」を目的とする原告の訴は不適法として却下するほかはない。

三、なお、原告は、右の「訴願を棄却した裁決」と「買収令書の発行」とについて、被告農業委員会との間においても、その無効の確認を請求するが、それらが被告委員会のした処分ではないことは明らかであるから、被告農業委員会はこれについては被告たる適格はなく、同被告に対する関係においては、右の請求部分は不適法として却下すべきである。

四、また、原告は、買収計画について、被告農業委員会に対してその取消をもとめるほか、さらに同被告および被告国の両者に対して、その無効の確認をもとめ、異議却下決定については、被告両名に対して、その無効の確認をもとめる。しかし、買収計画の取消をもとめる請求について、買収計画の適否はすべて判断されるわけであるから、かさねて同委員会に、その無効の確認をもとめるのは重複たるをまぬがれないし、この種の訴は処分庁を被告とするのが本則であり、それに対する判決は、国をも拘束するものであるから、処分庁たる被告農業委員会を被告として取消の訴を提起した以上、かさねて国を被告として無効確認の訴をおこす利益も必要もない。被告国に対し異議却下決定の無効確認をもとめる請求がその利益も必要もないこと、また同様である。従つて、原告の訴のうち、被告農業委員会に対し、買収計画の無効確認をもとめる部分および被告国に対し、買収計画と異議却下決定の無効確認をもとめる部分は、いずれも不適法として却下せざるを得ない。

五、被告委員会が、昭和二二年四月三〇日、原告所有の本件土地について、これを自作法第三条第一項第一号にかかげる不在地主の所有する小作地として、同年七月二日を買収の時期とする農地買収計画を定め、同年五月一日その旨の公告をしたことは買収計画を定めた日時および公告の日時の点を除き当事者間に争がなく、右各日時の点は、成立に争のない乙第一ないし第三号証によつて明らかである。

そして、原告が同年五月七日買収計画に対する異議の申立をしたのに対し、被告委員会は同月二〇日その異議の申立を却下する旨の決定をし、原告が同年六月九日さらに訴願をしたのに対し、大阪府農地委員会は同月二五日その訴願を棄却する旨の裁決そして、同年一〇月二三日その裁決書の謄本を原告に送付し、また大阪府農地委員会は同年六月三〇日右買収計画を承認する旨の議決をし、大阪府知事は昭和二三年一月七日、右買収計画にもとずいて買収令書を原告に交付した。以上はいずれも当事者間に争がない。

また、被告委員会が、右買収計画について、その公告の日たる前記昭和二二年五月一日から同月一〇日まで買収計画書を縦覧に供したことは、成立に争のない乙第三号証によつて明らかである。

六、そこで、以下本件土地についての右買収計画、異議却下決定、訴願棄却の裁決および買収処分の適否を検討しよう。

(一)  不在地主の点

買収計画ないし買収処分の当時、本件土地の所有者たる原告の住所が長野町にあり、本件土地がその長野町の区域外たる三日市村に存する小作地であつたこと、そして、本件土地の存する地域を長野町の区域に準ずるものとする。自作法第三条第一項第一号かつこ内に規定する指定のないことは、当事者間に争がない。

原告は、本件土地が長野町の区域に準ずべき地域で、右法条に規定する指定をなすべき場合に当ると主張する。

そこでまず、自作法第三条第一項第一号かつこ内の指定を行うべき地域とは、当該市町村の区域といかなる関係にある地域かを明らかにしなければならない。

ところで自作法は小作地についてその所有者をいわゆる不在地主と在村地主とに区別し、不在地主の小作地は原則としてすべて買収するのに対し、在村地主には、一定面積の小作地の保有をみとめており、市町村の区域を右の区別の基準としている。そして、ここで問題とする、市町村の区域に準ずる地域(準区域)はもつぱら、右の区別の基準としての市町村の区域に関することがらである。

そうすると、何ゆえに自作法は在村地主にかぎつて小作地の保有をみとめているかが明らかになれば、準区域指定の標準もおのずから明らかとなる。小作地の保有をみとめる根拠としての、在村地主の特殊な性格、それを形成する諸要素が明らかになれば、準区域の指定についても、それら諸要素の有無をその地域について明らかにすればよいわけである。

ところで自作法の目的、なかんずくその核心をなすと思われる、農村における民主的傾向の促進という点を徹底すれば在村地主の小作地もすべて買収するというのが本筋であり、在村地主に小作地の保有をみとめたのは、その点後退的であつて、基本的立場をその限度で緩和したことになる。それでは緩和の基準となつた在村地主という点は、緩和の基準としていかなる根拠を有するか。在村地主と不在地主とをくらべて、不在地主を残すより在村地主を残した方が、農村の民主的傾向の促進の上からいつて、比較的にましだという関係はない。旧来の農村共同体に対して否定的な立場にある自作法が、その温存的契機たる在村地主に対し、不在地主に対するよりその立場を緩和する合理的な根拠はない。自作法第一条はまた、農業生産力の発展を計ることをもその目的としてかかげるが、その点についても、自作法が特に在村地主に期待するところがあるとは考えられない。結局、在村地主に小作地の保有をみとめた根拠を、自作法のいわば内在的な立場から抽出することは不可能である。非合理的な立法上の妥協との結果と考えるほかはない。従つて、概念的に規定することはできるが、合理的に説明することはできない。

そうすると、準区域の標準も漠然たらざるを得なくなる。一定の社会関係をその標準としてとりあげることができないからである。

そこで、次のようにきわめて形式的に考えるほかはない。

自作法第三条第一項は、不在地主と在村地主を区別するについて、市町村の区域をその基準として守りつつ、例外的にその基準としての市町村の区域の線を、準区域において修正する。その市町村の区域は、常識的に地域的社会の一単位としてとらえられているものと解するほかはないから、これに相応して、その区劃の線を修正した準区域は、当該市町村の区域と合して、地域的社会の一単位をなしているとみとめられるものでなければならない。すなわち、ある市町村の隣接地域が歴史的沿革などのために、行政区劃としては他の市町村の区域に入つているが、その地形や位置、土地の経済的利用の関係、住民の相互依存の関係などから、行政区劃の点をのぞけば、地域的社会の総体が、当該市町村の一部としての情況を示していて、行政区劃は形式を存しているにすぎないような特殊な場合、その地域を当該市町村との関係で、当該市町村の区域として扱う。つまり、市町村の区劃がまつたく実情にそぐわない場合の修正措置として、準区域の指定を行う、準区域の標準は、このように考えるほかはない。市町村とその準区域との関係が、しかく総体的ないし密接である必要がないというためには、市町村を地域的社会の一単位という以上に諸々の要因に分解し、準区域の標準としてその一つをとりあげ、または、その一つを排除するということが必要であるが、その選択の合理的根拠がないことは前にのべた。

なお、市町村は、通常他の市町村に隣接し、境界は川一筋道一筋のこともあり、地続きのこともある。また、野の末にあることもあり、部落続きの中程にあることもある。どの場合が特に境界として異例だということはない。

そして、その境界の一線を越すと、たちまち、不在地主となり在村地主となることは、その区別の基準として市町村の区域を用いる以上、当然の結果であつて、それをいやがつていては、まことに、きりがつかない。従つて、境界に近接して小作地があるという、個々の所有者、個々の小作地の個別的な事情は、準区域の問題に直接の関係はない。

そこで、本件土地と、原告の住所のある長野町との関係をみよう。

原告の住所地長野町には、南海電気鉄道高野線の長野駅がある。その駅から西北に向つて昭和通と称する幅広い舖装道路が通じ駅から約半町の地点で、高野街道がこれと交わる。その高野街道に入つて南に行くこと約四町程で、三日市村の本件土地にいたるのであるが、高野街道に入つてから、本件土地にいたるまでのほぼ中程で、長野町と三日市村との境界をなす西条川が、昭和通りとほぼ平行に、高野街道を横切つて流れており、その両岸ことに南岸三日市側は、なお溪谷のおもかげを残して、かなり高い崖をなしている。上記駅前の昭和通は相当繁華な商店街となつており、高野街道に入ると、両側は年代を経た感じの住宅が西条川にいたるまで続き、西条川を渡つて三日市村に入つてからもさらに両側に家並が続いて本件土地のあたりで、電車の線路が街道の東側に密接するため、一町程東側の家並がとぎれ、また西側に本件土地が接するため、その部分だけ西側の家並がとぎれるがそれをすぎるとまた家並がはじまり、長年月のほこりをかぶつて南にのびていつている。そして、本件土地の北、長野町との境界たる西条川寄りの三日市村の地域をみると、本件土地の北一町程のところで、西条川寄りの方が、二間程の高みをもつた台地になり、そこらあたり、西条川にかけては、一面に人家がたてこんでいる。しかし、その台地から南は、本件土地まで一町程の間に二戸また三戸の人家が散在するだけで、本件土地の南三町程までは一帯の農耕地が続いている。前記高野街道の東は、深い溪谷をへだてて小高い山に対し、西方に本件土地を越えた程遠からぬところを丘陵がまた南北にのびていて本件土地はつまり、高野街道と西方の丘陵との間に展開する農耕地の中にあるわけである。なお、その間、本件土地の西端近くを、新しい府道富田林橋本線が、約六米の幅をもつて農耕地の中を南北に走つているが、その辺では右府道に沿つて人家はたつていない。ただ西方丘陵のすそに農家が点在するだけである。

検証の結果、以上の状況を明らかにすることができた。

右の状況から判断して、本件土地附近、西条川寄りの地域の三日市村の住民が、電車に乗るためには、長野町にある前記長野駅に出、日用品の買入れなどに長野町の前記商店街を利用していることは、容易に観取できる。

一方、証人福田正一、南元吉の証言および原告本人の供述を総合すると、本件土地附近の農地で、長野町の住民が所有し、または耕作している土地はいくらもなく、西条川寄りに住む長野町の農家も、ほとんど長野町にある農地を耕作していることがみとめられるので、農地の利用関係においては、境界近くにありながら、そこで、長野町と三日市村との区別がかなりはつきりついていることがわかる。

本件にあらわれた、以上の資料によれば、本件土地附近の三日市村の地域と長野町との結合関係として、境界たる西条川をはさんで長野町の繁華部と三日市村の部落とが相対しており、三日市側の住民が長野町にある電車の駅や商店街を日常利用しているというほどの関係がみとめられるほかは、その境界線に形として(たとえば飛び地またはそれに類するような入りこみ方をしているというような)特異な点も別にみとめられないし、農地の利用関係においては、かなりはつきり区別が行われていることを考えると、右の程度の結びつきは、市町村がその周辺において経験するところとして特に異とするほどの状態とも思えず、本件土地附近の地域が、事実上、三日市村をはなれて長野町の一部となつている状態とまで考えることはできない。そしてほかに、右の判断を動かすべき資料はない。

原告の住所が、前記昭和通と高野街道とが交わる地点のすぐそばで、本件土地とも近いところから(このことは検証の結果によつて明らかである)、その原告にとつては、本件土地について不在地主とされることは、あきらめにくいという点が、主張の間にうかがわれるが、その種の未練は、市町村の境界で常に生ずるもので、いかんともしがたいこと、右のような個々の所有者と個々の小作地との個別的な関係は、さしあたりここでの準区域の問題と関係がないことは前に述べた。本件土地が長野町の準区域とされれば、原告の住所が本件土地に近かろうが、本件土地からもつとも遠い長野町のはずれにあろうが、不在地主でなくなることにかわりはないのである。

原告の準区域についての主張はみとめることができない。

従つて、被告委員会が、小作地たる本件土地について、所有者たる原告を不在地主として買収計画を定めたのは、その点に何等違法はないといわなければならない。

(二)  自作法第五条第五号の点

検証の結果によれば、本件土地の東端は高野街道に接し、高野街道の道幅は約三米で、本件土地はその道路面より約一米高く、西端近くを走る府道富田林橋本線の道路面よりは約一米低くなつており、現状は、周囲の農地とくらべても別に目立つところもない普通の耕作地であり、本件土地の東端に南接して高野街道沿いに、原告の所有する(この点は争がない)、木造トタン葺板囲いのバラツクで建坪一六坪ほどの不整形の納屋がたつている。以上のほか、本件土地の位置環境はすでに前節で明らかにしたとおりである。

そして、原告本人の供述によれば、原告が本件土地を買つたのは、買収計画の時からでも、かなり以前のことであり、原告には子どもが多かつたので、将来分家でもさせる時には、その家の敷地にできると思つて買入れたが、高野街道沿いの間口がせまいので、その南隣の土地を買い足し、買い足した土地の上に現在ある納屋を建て、本件土地で葡萄の栽培をしたが、その後やめて、訴外野口醇一に小作料二石五斗(後に二石)で小作させてきたところ、終戦の頃食糧事情が悪くなつたので、原告の方で耕作したい思つて右野口醇一に返還を交渉したことがあるが承諾が得られず、そのままになつていたもので、上記の納屋は原告の方で倉庫に使つているというのである。

そこで、まず周囲の状況からみると、本件土地のところだけ高野街道筋の家並がとぎれているわけであるが、家並の背後にひろがる一帯の農地の方からみれば、その一端が、ちよつとそこで高野街道に顔を出しているというだけであり、田舎の古い街道筋の状態として別に不自然な形でもなく、そのあたりの部落の形や、家の古さなどからみても、急速に部落が発展するという傾向もみとめられないし、本件土地が、周囲におされて宅地化を急がねばならないという情勢をみとめることはできない。

また、本件土地自体についても、原告がその子供を分家させる場合の家の敷地に当てるというのも、買入れ当時から大まかな心組として原告の気持の中にあつたという以上に、別にこれまで計画として具体化したり、準備にかかつたということのなかつたことは原告本人の供述からもみとめられるし、現状についてみても、宅地として手を加えたような形跡はない。

なお、原告本人の供述の中に、近く本件土地の附近に、高野街道と府道富田林橋本線とを結ぶ道路ができるらしいという噂をきいているということがあるが、本件土地がそうした道路に予定されている点を明確にする資料はない。

以上考察の結果によれば、本件土地は、その周囲の状況からも、土地の沿革ならびに現状からも、いまだ、自作法第五条第五号にいう、近く使用目的を変更するのを相当とする農地とみとめるに足りないといわねばならない。

従つて、被告委員会が、本件土地について自作法第五条第五号の指定をせず、買収計画を定めたのは、その点に違法はないとしなければならない。

(三)  対価の点

原告に、買収計画に定められた対価の額を不当とする趣旨の主張があるが、自作法は、その第一四条で、別に対価増額の訴について規定し、買収計画なり買収処分のその他の点と区別し、対価の額の不当は、買収計画なり買収処分のその他の点の効力に影響を及ぼさないものとしている趣旨が明らかであるから、対価の額の不当を理由に、買収計画なり買収処分について、対価以外の点の効力の取消なり無効確認をもとめるのは、理由がないとしなければならない。

七、つずいて、買収手続の適否を各個の行為について、判断していこう。

(一)  市町村農地委員会(村委員会)が農地買収計画を定めるには、買収すべき農地と買収の時期と対価とを定めなければならない。そして、買収計画を定めたときは、遅滞なく、買収計画を定めたことを市役所または町村役場の掲示場に掲示して公告し、また、(1)買収すべき農地の所有者の氏名または名称および住所、(2)買収すべき農地の所在、地番、地目および面積、(3)対価、(4)買収の時期を記載した書類(買収計画書)を作つて、右の公告の日から十日間、市役所または町村役場でこれを縦覧に供しなければならない(自作法第六条同法施行令第三七条)。

ところで、買収計画書の右記載事項はいずれも、委員会が買収計画として、買収すべき農地と買収の時期と対価と(買収計画事項)を定めたならば、当然すでに明らかになつているべきところを記載するだけのことである。買収計画書記載事項のうち、所有者関係の事項が自作法第六条に買収計画事項としてあげられていないのは、買収計画事項の方は、委員会の決定の結果たる事項をあげているだけで、そのほかに、決定にいたる判断過程で当然経過すべき決定の理由とか事実認定の点まではとくにあらためて同条に規定するまでもないこととしているのであり、所有者が何人でその住所がどこにあるかというような事実認定は、買収要件をあてはめ買収すべき農地を決定する過程で当然明らかにされていなければならない事項である。だから、買収計画書記載事項の中には、買収計画事項の決定をするほかに、別に委員会が議決しておかねばならないような事項はない。買収計画書に上記記載事項について記載があり、委員会が買収計画を定めたことが明らかになれば、委員会は買収計画書に記載された事項を決定し、明らかにしたものと、まず、みるべきである。

また、右の買収計画書には自作法によつて上記(1)ないし(4)の事項を記載することが要求されているだけで、委員会が買収計画を定めるについて行つたその他の判断事項や委員会の何時の会議で決定されたかなどを記載したり、委員が署名したりすることは必要とされていないし、なお、右の意味の買収計画書以外に、村委員会が買収計画の内容を記載した書類を作成することは法律上少しも必要ではない。

つぎに上記の公告は、農地買収計画を定めたということが明らかなる文言を掲示すれば足り、(例えば、場合によつて、買収計画書の縦覧の期間と場所とだけを掲示したような場合でも、これによつて買収計画を定めたことが明らかにみとめられるかぎり、右の公告としてはそれで足りるということができる)買収計画の内容は、買収計画書の縦覧によつてわかるようになつているから、公告には以上のほか、買収計画の内容にわたつた掲示をすることは自作法の要求するところではない。

また公告は、買収計画書を作成して、縦覧に供する行為とともに、委員会の決定(買収計画)を外部に表示する行為で、買収計画を定めたならばその事後の処理として法律上当然行わなければならない行為でもあつて、この種の事務は、委員会を代表し会務を総理する会長の行つてよいところであり、あらためてそのために、委員会の議決などを必要とするものではない。公告の体裁も、委員会の公告であることがわかれば足り、この場合、委員会の名でしてもよく、会長の名でしてもよい。

なお、農地委員会の会議については、会長が議事録を作つて縦覧に供しなければならない(農地調整法第一五条の一一第四項)。議事録は議事の経過を証明するための文書であるが、議事の経過なり内容なりは、議事録によつてのみ証明されなければならないものではなく、議事録に議決の結果のみ記載されていて、内容の詳細や議決の理由、審議の内容などの記載がないとしても、直ちにその点の審議なり議決がなかつたとしなければならないものではない。

そこで成立に争のない乙第一号証(議事録)第二号証(買収計画書)を総合すれば、被告委員会が本件土地について、上記の買収計画事項を決定して農地買収計画を定め、これに従つて前記必要記載事項を記載した買収計画書を作成したことをみとめることができる。また成立に争のない乙第三号証(告示の控)および証人福田正一、南元吉の証言によれば、被告委員会が、昭和二二年五月一日、「告示」と題し、同委員会において四月三〇日農地買収計画を定めた旨、および同年五月一日から五月一〇日まで、三日市村役場において縦覧に供する旨を記載した、「南河内郡三日市村農地委員会、会長福田正一」名義の文書を、三日市村役場の掲示場に掲示して買収計画を定めたことを公告したことがみとめられる。

従つて、右によつて、本件土地に対する買収計画は適法な方法で決定され、適法にその旨の公告がなされたものといわねばならない。これらを違法とする原告の主張が理由のないことは上に述べたところで明らかである。

ただ、買収計画書の縦覧については、証人南元吉の証言によれば、右買収計画の公告が、掲示されたのは、右五月一日の昼頃であるが、上記乙第三号証によれば、買収計画書は、それから同月一〇日まで、三日市村役場において縦覧に供されたものとみとめねばならない。

買収計画書は公告の日から一〇日間縦覧に供しなければならないが(自作法第六条第五項)、その一〇日の縦覧期間には、初日を算入しないのであるから、被告委員会の右縦覧期間は、法定の期間に一日不足する。しかし、成立に争のない甲第二号証によれば、被告委員会から原告に、本件土地につき買収計画を定めた旨の通知が特にあつたことが認められるので、原告はこれによつて買収計画を知つたと思われるが、とにかく、前にのべた通り五月七日に、被告委員会に異議の申立をしているのであるから、現実に、それまでに右買収計画の内容を知つたことは明白である。そして、右の通り異議の申立もし、それに対する決定も受けているわけである。買収計画書の縦覧に期待するところは、原告について、すべて実現されて余すところがない。右縦覧期間の一日の不足のごときは、現実に原告の利害に何の関係もなかつたことが明白で、原告としてはこの点に不服をいうべき理由はない。かかかる場合には、右縦覧期間の不足は、現実的に無害な瑕疵であつて、これを違法とすべきではないと考える。従つて、右買収計画書の縦覧期間が一日不足した点も、本件においては、これを違法とすべきではない。

(二)  村委員会が買収計画についての異議申立について決定をしたときは、遅滞なく決定書をつくり、その謄本を申立人に送付しなければならない(自作法施行規則第四条第一項)。

また、都道府県農地委員会(府委員会)は、買収計画についての訴願に対し裁決したときは、遅滞なく裁決書をつくりその謄本を訴願人に送付しなければならない(同条第二項)。

右決定書、裁決書の作成およびその謄本の作成送付は、前に買収計画の公告についてのべたところと同様、委員会の会長が会の代表者会務の総理者として行つてよいことであつて、決定書、裁決書には、委員会で議決された決定裁決の主文と理由が、委員会の議決したものとして記載してあれば、委員会名義で作成されていても、会長名義で作成されていても、作成名義の点については、とくに法令に特別の規定もなく、どちらでもさしつかえはない。また決定書、裁決書を会長が作成するのは、その議決のあつた会議の議長として作成するのではないから、会長が会議に欠席して議決に関与しなかつた場合でも、会長がその議決に従つて決定書裁決書を作成すべき関係はかわらないし、その時の議長なり立会の書記なりの報告に基いて作成すれば、事実上作成できないということもない。

被告委員会が、原告の異議の申立に対し、昭和二二年五月二〇日の会議において、これを却下する決定をし、同日付「大阪府南河内郡三日市村農地委員会会長福田正一」名義で、被告委員会が原告の異議を却下する旨とその理由を記載した決定書をつくつたことは、成立に争のない乙第五号証(議事録)乙第六号証(決定書)によつてみとめることができ、その決定書の謄本が原告に送付されたことは、原告のみとめるところである。

また、大阪府農地委員会が、原告の訴願を棄却した裁決について、大阪府農地委員会長大阪府知事赤間文三名義で、その裁決の主文と理由を記載した昭和二二年六月二五日付の裁決書をつくつたことは、成立に争のない乙第九号証(議事録)乙第一〇号証(裁決書)によつてみとめることができ、その謄本が原告に送付されたことは、原告のみとめるところである。

右決定書、裁決書を会長が作成し、また、会長名義で作成したことを違法とする原告の主張の当らないことは上に述べた通りであり、各委員会の決定書裁決書として欠けるところがない。

原告はまた、右の裁決書に記載した理由は、会長の作文であつて、委員会が審議し議決したところでない旨主張するが、委員会の裁決の結果を表明するものとして裁決書が適法な権限にもとずいて作成されておれば、反対の事実がみとめられないかぎり、その裁決の理由として記載されているところは、委員会が裁決の理由としたところを記載したものとみとむべきであつて、本件においては、とくにこれに反する事実があつたとみとむべき証拠はない。議事録に裁決の結論(主文)のみ記録されていて、その理由の記載がないとしても、議事録の記載としては、むしろ通常のことというべきであつて、それによつて、裁決の理由についての審議がなかつたということはできない。

なお、右裁決書の日付は、裁決の議決のあつた日の日付になつているが、裁決書の作成がその後であつたとしても、裁決書に作成の日の記載を命じた法令もなく、これを違法とすべき理由はない。

従つて、被告委員会および大阪府農地委員会の上記決定および裁決は、いずれも適法に行われたとみとめるほかはない。

(三)  村委員会の定めた農地買収計画に対し、府委員会の行う承認は農地買収手続の過程において、買収計画にもとずいて知事が行う買収処分に先行すべき行為であつて、右の承認があつても、村委員会としてはもはや別に何もすることはない。ただ、買収計画を定める村委員会と、その承認を行う府委員会と、買収処分を行う知事とは、それぞれ別な行政庁であり、買収手続が買収計画、承認、買収処分と進展するためには、右の三つの行政庁の間でその間の連絡が事実上必要であるが、それは行政庁が適宜に処理すべき相互の連絡の問題であつて、適当に連絡さえ行われれば、どのように行われてもかまわないわけである。

自作法第八条は、農地買収計画について訴願の提起があつた場合に、「裁決があつたときは、市町村農地委員会は遅滞なく当該農地買収計画について都道府県農地委員会の承認を受けなければならない」と規定しているので、承認は村委員会からの連絡によつて行われることになるが、たとえば自作法第五条第五号によつて村委員会が農地買収から除外する土地の指定を行う場合に、府委員会の承認を得て行わなければならないという場合のように、村委員会がその承認によつて権限づけられ、その承認をまつて行為を行うという場合とちがい、農地買収手続の順序からいつて、農地買収計画についての承認は、村委員会を権限づけるのではなくて、買収処分を行う知事を権限づける行為である。従つて、承認を村委員会が「受ける」といつても、眼目は、府委員会に対し承認の対象たる買収計画を明らかにしその承認を促す点にあるわけであつて、承認があると買収手続は府委員会の手から、知事の手にうつることになつて、この間村委員会としては、上記連絡事務を別にして、ほかにすることはない。府委員会が承認の対象とするのは、村委員会の買収計画のうち、異議に対する決定および訴願の裁決等によつて取消されなかつた部分であるから、村委員会は承認の対象たるべきそのような買収計画が府委員会にわかるようにしてその承認を促せばよいわけで、そのために適当な連絡をすれば、時期方法は問う必要がない。自作法第八条は、裁決のあつたときは遅滞なく承認を受けなければならないといつているが、そこで真に裁決の後でなければならないのは承認である。裁決を必ず承認の前に行うことは、裁決が自由な公正な立場で行われることを確保しようとする、訴願人の権利に関係する実質的な意味があるが、裁決と承認との右の前後関係が守られるかぎり、村委員会のする承認のための連絡の時期までも、裁決の後でなければならないとする規定の趣旨とは考えられない。その連絡を裁決の後にすれば簡明であろうが、前にのべた通り、その連絡は行政庁の間の連絡の問題にすぎないので、どうしても裁決の後でなければならないとする必要はない。その連絡の方法についても、法令に別段の定めはないので、自由に適当な方法によつてよいし、またその連絡について村委員会の議決も必要ではなく、会長が適宜に処理すればよい。

府委員会の行う買収計画の承認は、その買収計画についての訴願に対する裁決のあつた後でなければならなことは右にのべた。しかし、法が両者を前後の関係においた実質的な意味は右にのべた通り、裁決の公正を期するところにあり、それは、二個の判断について判断の前後の関係を規定しているものであつて、裁決の議決が承認の議決の前に完了していることを要求しているにすぎない。裁決の効力が訴願人について発生するのは裁決書の謄本を送付したときであるが、その効力が発生することを承認の前提としなければならない論理的な必要も実質的な必要もない。承認は裁決の議決があれば、直ちに行つてよい。

府委員会が買収計画について承認の議決をした場合、承認書というような、書類を作成することはとくに要求されていない。

前に述べた通り、その承認は村委員会について別に効力を生ずるというものではないので、村委員会に対する意思表示というような性質の行為ではない。府委員会の承認という議決が、議決として買収手続の中の一環たる意味をもつているのであつて、議決の後、承認のあつた買収計画を整理して、これにもとずいて知事が買収処分を行えるようにし、知事の買収処分を促す行為が必要であるが、それが行政庁の連絡の問題であることは上に述べた。

そういう整理連絡のために、村委員会に対し承認の議決のあつたことが通知されるのであろうが、その通知は意思表示における表示行為のように、承認の効力に関係のある行為ではない。知事は農地買収計画について府委員会で承認の議決があつて、これを知つたならば、その買収計画にもとずいて直ちに買収処分を行うことができる。場合によつては、承認の議決が村委員会に通知される前であつても、買収処分を行うことが事実上できれば、これを行つても少しも違法ではない。

本件買収地の買収計画について大阪府農地委員会が承認の議決をしたことは当事者間に争のないところであり、成立に争のない乙第九、一一号証(議事録)により、その承認の議決は、原告の訴願に対し同委員会が裁決の議決をした後に行われたことが明らかである。

ところで、大阪府農地委員会の昭和二二年六月三〇日における右承認の議決が、当日の会議に出席した委員中、第二号委員すなわち農地調整法第一五条の二第三項第二号の区分に属する委員(地主層の委員)五名が全部退席した後、その階層の委員が一人もいないところで行われたことは、右乙第一一号証(議事録)によつて明らかである。

しかし、府委員会の会議は、農地調整法第一五条の一一、および一五(当時の条文番号)により、定員の過半数の委員が出席すれば開くことができるのであつて、当時の農地調整法施行令第三一条第四三条により、同法第一五条の二第三項各号の区分(階層)の何れかの一につき委員なきときは会議を開くことができないとされてはいるが、それは、ある階層の委員が全部欠員になつた場合のことで、委員がいても会議に出席しなかつた場合の規定でないことは明らかである。成立に争のない甲第五号証(議事規則)によれば、大阪府農地委員会が昭和二二年三月二二日に定めた同委員会の議事規則第五条に、「委員会は左の各号の一に該当する場合には会議を開くことができない。(1)定員の過半数に当る委員が出席しないとき、(2)一の階層について委員がいないとき(農地調整法施行令第四三条において準用する第三一条但書の規定により特別の事由があるものとして農林大臣の認可を受けた場合を除く)」との規定があるが、これは上記農地調整法施行令第三一条第四三条に規定するところを、くり返したにすぎないこと、条文の対比から明らかであり、また成立に争のない乙第一四号証の一、二(証人岩田渉の訊問調書)の中に、同委員会の委員であり、会長代理をつとめていた岩田渉の証言として記載されているところから判断しても、少しも疑のないところである。

上記乙第一一号証によれば、上記議決の際、退席委員を除いても、なお過半数の委員が出席していたことは明らかであるから、会議は適法に成立していたものであり、議決にその点の違法はない。

原告が、右の承認を違法と主張するところはすべて理由のないことは以上にのべたところで明らかであり、右買収計画の承認は、適法に行われたものといわねばならない。

(四)  本件土地について、大阪府知事が被告委員会の上記買収計画にもとずき、原告に買収令書を交付して買収処分を行つたことは、当事者間に争がなく、その買収令書(本件買収令書)に、自作法第九条第一項にかかげた事項の記載があつたことは、成立に争のない甲第四号証(買収令書)によつて明らかであり、原告も別に争うところがない。

本件買収令書の交付が、買収計画について大阪府農地委員会の承認の議決があつた後になされたことは、当事者間に争がない。大阪府農地委員会が、右の承認について、承認書という文書をつくつて被告委員会に送付したことは、成立に争のない乙第八号証(承認書)によつて明らかであるが、これは、承認の通知の意味をもつにすぎないこと、またその時期が買収の時期の後であろうが、買収処分の後であろうが、これによつて、その承認の効力なり、買収の効力には少しも影響のないことは前にのべたところで明らかである。

また、本件買収処分が、買収計画に定められ従つて買収令書に記載された買収の時期の後になされたことは、被告等のみとめるところである。買収計画は、買収の効果が発生する時期として買収の時期を定めており、買収の効果は買収処分がなければ発生しないが、買収処分が、買収の時期の後になされても、その効果を処分前の買収の時期まで遡ることとすることは可能であり、とくにこれを禁じた趣旨の規定もなくこれによつて処分の効果を受ける者の権利を不当に侵害しないかぎり、違法ではない。買収計画は一般に公告され、買収計画書の縦覧を通じて、買収処分の行われることが予告されているのであるから、買収処分が買収の時期から多少おくれて行われたとしても、処分の効果を受ける者の権利を不当に侵害するとは考えられない。従つて、買収の時期が、買収令書交付の時期をそれまでに限つた意味をもつものとも考えられない。本件買収令書が原告に交付されたのは、買収の時期から六ケ月と五日ほどおくれているが、この程度では買収処分を違法というに当らないと考える。

なお、買収の時期との関係で原告は、承認書が被告委員会に送付された時期、訴願の裁決書謄本が原告に送付された時期が、いずれも買収の時期の後であつたことを、それぞれ承認および裁決の違法の理由としてあげており、そのうち承認の点については、すでに前にもふれたが、右の原告の主張は、結局、買収令書の交付にいたる買収手続のすべてが、買収の時期までに完了しなければならないとする見解を、承認なり裁決に関して示したものと解するほかはないが、その見解に同じ得ないことは、買収令書の交付との関係で上に述べたとおりである。その点をはなれて、裁決書の謄本が買収の時期の前に訴願人に送付されなければならないとする別段の根拠らしいものを考えることはできない。

原告が本件買収処分についてその違法を主張するところはすべて理由がなく、本件買収処分は適法に行われたといわねばならない。

八、以上により、本件土地についての被告委員会の買収計画、その公告ならびに買収計画書の縦覧、異議申立を却下した決定、大阪府農地委員会の、訴願を棄却した裁決および買収計画の承認、大阪府知事の買収処分は、すべて適法に行われたとみとむべきこと明らかであつて、被告委員会に対し買収計画の取消と異議却下決定の無効確認をもとめる原告の請求、被告国に対し右大阪府農地委員会の訴願棄却の裁決および大阪府知事の買収処分の無効確認をもとめる原告の請求は、いずれも理由がなく失当として棄却すべきである。

そして、原告の訴のうち、被告委員会に対し、政府の買収の取消をもとめる部分、政府の買収、買収計画、公告、裁決、承認ならびに買収令書発行の無効確認をもとめる部分、被告国に対し、政府の買収、買収計画、公告、異議却下決定、承認の無効確認をもとめる部分は、すべて不適法であること、すでに述べたとおりであるからこれを却下すべきものとした。

九、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条に従い全部原告の負担とする。

よつて、主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

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